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5.モデル地域調査

 

5-1.大館曲げわっぱの森

 

(1)「曲げわっぱの森」について

・曲げわっぱの現材料である天然秋田杉(樹齢150年以上)の供給量は年々減少しており、東北森林管理局では、平成19年度までという見通しであったが、天然秋田杉等の資源調査の結果、供給計画を平成24年度まで延長することとしたが、代替材確保が課題となっている。

・枯渇が懸念される天然秋田杉の代替材の可能性を探るため、大館曲ワッパ協同組合では、80年生以上の各年代の高齢級人工林スギの比較研究を進めてきたが、樹齢150年以上であれば、天然秋田杉に見劣りしないものになることを得た。ポスト天然秋田杉として高齢級人工林スギを守り育てることが、地域にとって重要な課題となった。

・「曲げわっぱの森」は、林野庁の「木の文化を支える森づくり」事業として実現した物で、高齢級人工林スギの育成を図り、地域の伝統産業振興と木の文化の継承に貢献する普及啓発、森林環境教育への活用を図るため、平成15年4月1日、米代東部森林管理署と「曲げわっぱの森」育成協議会の協定により発足した。これにより、樹齢150年の高齢級人工林スギが育成されるエリアが地域に確保された。



図表5-1 「曲げわっぱの森」の概要

対象箇所・面積・蓄積等

・長走外2国有林 133林班い小班 →地図参照
・面積:20.45ha
・明治41年植栽(2008年において100年生)
・蓄積:総量13,047m³(ha当たり638m³)(注1)
第2次施行実施計画より

実施団体

「曲げわっぱの森」育成協議会
(大館市・大館商工会議所・大館曲ワッパ協同組合)

活動状況等

平成15年 看板設置 1基
案内板(道標)設置 4基
平成16年 趣旨説明用看板設置 1基 つる切り作業実施
平成17年 歩道作設・つる切り・除伐作業実施
平成18年 つる切り・除伐作業実施

 

 (出所)米代東部森林管理署の資料より
(注1)蓄積とは立木の幹の部分の体積

看板設置風景

 

図表5-2 「曲げわっぱの森」
(米代東部森林管理署管内国有林における位置)

曲げわっぱの森

 


(2)天然秋田杉の確保状況

・天然秋田杉は、国有林からの供給および民間と営林署の一般購買で確保している。国有林からの供給は、以前は300m²程度供給されたが、現在は33m²に減少している。

 

(3)取り組みの現状と今後

・「曲げわっぱの森」の活動としては、年間予算3万円程度の範囲でつる切りを行っている。「曲げわっぱの森」には5万本程度の杉の木があるが、組合によれば、これらの木のつる切りを行うためには最低でも現在の10倍の予算が必要であるという。

・組合としては、来年以降に、「曲げわっぱの森」の間伐材を試験伐倒し、これを活用して曲げわっぱを作り、出来た製品を森林管理局、伝産協会、デパート等に展示したい考えである。

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5-2.宮古上布-糸績みの後継者育成

 

(1)宮古上布について

 宮古上布は、上質の苧麻糸で織った紺絣織物である。苧麻糸は宮古では「ブー」と呼ばれるイラクサ科の多年草で、高さは1m1.5mにも伸びる。刈り取られた苧麻の表皮をはぎ、それをアワビの貝殻(ミミガイ)でしごいて、繊維を採り出す。それを手績みによってさらに繊維を爪や指先で細く裂き糸を績んでいく。その後、図案と絣締め、染色、製織、砧打ちの工程を経て、反物となる。

・ 生産は2006年度20反から2007年度27反にまで回復している。

 

図表5-3 宮古上布の製造工程

宮古上布の製造工程

 

(2)手績み苧麻糸の状況について

・ 宮古上布の原料糸は、苧麻からとり、別名「からむし」「まを」と呼ばれる苧麻は、4種類あったが、現在栽培されているのは、赤苧麻、青苧麻がほとんどで、主に青苧麻が原料として使われている。 

・ 1990年代、宮古上布の需要が急激に減り、宮古上布が売れなくたった。このような課題に対して沖縄県の振興計画において、反数を増加させてゆく目標を定め、1999年以降件による糸績みに対する補助金がつくようになった。しかし、宮古上布は、手績み苧麻糸の原糸製造工程で高齢化がすすみ熟練を必要とする手績み苧麻糸製造の工程の後継者育成が問題として挙げられていた。

・ このような状況から、宮古織物事業協同組合、宮古苧麻績み保存会では糸績みの後継者育成を開始した。

 

(3)取組みの現状

 糸績みの後継者育成には、宮古島市の助成を受け、宮古織物事業協同組合が取り組んでいる他、2003年に文化庁ふるさと文化再興事業で「苧麻糸績み」が選定保存技術に指定されたことから2003年から2007年の4年間文化庁の支援を受け、苧麻糸績み保存会で糸績みに関する研修が行われている。

・ 宮古織物事業協同組合では宮古島市の支援を受け、2000年から週3日半年間糸績みの後継者育成を行っている。組合では月曜日、水曜日、金曜日の午後2時から5時まで、半年をかけて研修を行ってきた。しかし、熟練を要する糸績みの技術習得、後継者育成にはつながらず、この点が課題となった。2002年以降半年間の研修期間を1年に延長したことで、成果が読み取れるようになった。講師は1名で講師料を宮古島市から宮古上布振興対策費として助成してもらっている。

・ 苧麻糸績み保存会では、苧麻糸績みの技術の保存と宮古上布の普及を目的に、60歳代から70歳代の糸績みの技術伝承者の再発掘、若い人材に技術を伝承し育てる仕組みづくり、年代を超えて交流できる場の提供を行っている。2003年から2007年に4年間に延べ170名程度が17教室で研修を受けた。当初の4年は出来るだけ多くの人に受講してもらい、糸績みの裾野を広げることを念頭において行ってきた。研修の結果、太い糸の生産は増え、宮古上布帯の材料になっている。

 

(4)今後の取組み方針

・ 糸の単位は7メートル50cm80本をひとヨミとしている。宮古上布1反を折るために必要ないとは、縦糸、横糸あわせ54ヨミが必要となり、苧麻糸績みは2人かがで半年かかる作業となる。

・ 沖縄県では2002年から2011年の10ヵ年を期間とし、振興計画を策定し、文化財の保護と活用を行い、具体的に反数目標を掲げた工芸技術の保存伝承に努めている。努力はしているが熟練を要することからなかなか目標には達していない。

・ 今まで宮古島市から研修を行う際の講師料の助成を、宮古上布振興対策、伝統工芸の振興と後継者育成で支援を受けている。現在は糸績みも製織に関しても受講希望者は全て受け入れているが、宮古上布に使える細い糸を作れる人は研修を受けた人の内、1~2名程度しかいない。また、研修期間1年程度でこのレベルに到達するには無理がある(熟練した技術を習得するためには最低10年程度はかかる)。このような現状において、細い糸を作れる人材を集中的に育成していく方針である。

  

(5)組合が直面している問題

 組合と保存会の育成の方法が異なる。組合では週3回で通年の研修を今後も継続してゆきたい。保存会の20日間の研修だけでは技術は習得できないと考える。 

・ 宮古織物事業協同組合と苧麻糸績み保存会が協力して活動できればよかったが、育成に関する考え方や方法が一致しなかったため、協同で育成事業に取り組むことができなかった。今後協同で取り組む方向を探りつつ、また年々減少している宮古島市の資金的支援の実態を受け、長期的な視野にたって、将来的には糸績みや製織に従事する人が生活できるような支援をしていくことが重要であり、そのような整備に向け人材をどのように育成していくことができるかが今後の問題である。

 

宮古織物事業協同組合 過去の調査データ

平成18年(2006年)

平成16年(2004年)

 

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5-3.西陣織-織物生産における不足部品・機器の調達に向けた取り組み

 

(1)取り組みの背景

・ 近年、西陣織を支えてきた用具が姿を消しつつある。1997年には、竹筬の唯一の製作者が亡くなり、京都における竹筬の供給が出来なくなった。また、手織りの織機には欠かせない「杼」の作り手も最後の1名となっている。その背景として、伝統産業の不振に加え、作り手の高齢化や後継者難、材料不足などがある。

 

(2)取り組みの経緯

・ 西陣織工業組合では、伝統的工芸品を支える職人の後継者難解消を目指し、2001年に杼や竹筬を作る実演を2ヶ月間続けた。そして、2003年前後には、西陣織産地が主体となって、他の主な織物産地に対して「不足部品・機器に関するアンケート調査」が実施された。この調査から、特に竹筬は製作人材が全国的にいなくなっている状況から、緊急の問題であることがわかった。

・ このような経緯を経て、2004年から竹細工職人1名を、竹筬研究会が岐阜県瑞穂市で開催している竹筬の研修に派遣することとなった。瑞穂市での研修には約1年間参加した。20063月には、西陣織会館で、習得した竹筬羽の製作技術が披露された。

・ 一方、西陣織工業組合では2004年に、織機部品供給状況の改善や後継者の育成を目指し、「西陣織不足機器開発事業」に取り組んだ。この事業を通しては、供給不足の状況にある竹筬、竹べら、機張、杼、紋彫機の実態を詳細に把握することが出来た。さらに、竹筬の製作人材の育成が急務であることが確認され、竹筬製作の後継者(竹筬羽の製作者)を育てていくことが決定された。

・ 後継者候補(吉川照也氏)を竹筬研究会に派遣し、竹筬羽の技術研修が始まった。その後、竹筬研究会の人材育成の方針は5以上という長いスパンであることから、西陣織工業組合では、文化としてはもとより産業振興を目的に、独自に竹筬製作の人材を育成することとなった。竹筬羽の組立てに必要な道具は、亡くなった京都の名人の道具を入手したが、古いため、使うことが出来なかった。

・ そのため、竹筬羽の組立てを行う唯一の職人である鹿児島県の清永桂子氏に協力を依頼することとなった。清永桂子氏は、岐阜から羽を調達して奄美や沖縄に竹筬を供給していた。

・ 2007年には、鹿児島県の竹筬屋(清永桂子氏)と連携し、竹筬の試作が行われた。また、同年に鹿児島市で開催された伝統的工芸品展を機に、これまで日の目を見ることがなかった職人をたたえるために、清永桂子氏に本場大島紬織物協同組合・本場奄美大島紬協同組合と西陣織工業組合とが特別表彰を行いその功を讃えた。

 

朝日新聞記事より(2008年02月08日)

朝日新聞記事より(2008年02月08日)


(3)今後の方針

・ 竹筬の製作には、竹筬羽の製作者と竹筬羽の組立てを行う筬屋との連携が必要である。そのため、西陣織工業組合では、吉川照也氏と清永桂子氏および奄美の職人(羽の修理の名人)他による連携体制を構築し、竹筬の生産体制づくりに取り組みたい意向である。連携体制の構築は今後の課題となっている。また、竹筬の次の取り組みとして、杼の製作者を始め、あらゆる不足部品の後継者を育てたいとしている。

・ 200811月結城市で開催予定の織物サミットでは、枯渇化が懸念される用具問題をテーマにすることを考えている。


図表5-4 竹筬後継者育成の経緯

2001年

・西陣織会館で、杼や竹筬を作る実演を2ヶ月間実施

2003年

・「不足部品・機器に関するアンケート調査」の実施

2004年
~2006年

・竹筬研究会の岐阜県瑞穂市の研修(月2回ベース)に、竹細工職人の吉川照也氏が参加。約2年間、竹筬羽づくりを修行

2006年3月

・西陣織会館で開催した「伝統工芸・技の探訪」で竹筬羽技術を披露
・西陣織工業組合では、部品供給状況の改善、後継者育成を目指し、中小企業活路開拓調査・実現化事業と京都市の「京の伝統産業・元気応援事業」を活用し、「西陣織不足機器開発事業」を実施。

2007年~

・鹿児島の竹筬組立て職人(清永虎彦商店・清永桂子氏)と連携し竹筬を試作
・清永桂子氏に対し、本場大島紬織物協同組合本場奄美大島紬協同組合と西陣織工業組合が特別表彰。

2008年

・西陣織会館で、吉川照也氏による竹筬羽を作る工程の実演、作成した竹筬の展示などを実施。
・西陣織工業組合では吉川照也氏を4月から職員として雇用する。


図表5-5 西陣織不足機器開発事業において調査・開発の対象となった用具

西陣織不足機器開発事業において調査・開発の対象となった用具

西陣織不足機器開発事業において調査・開発の対象となった用具

 

西陣織工業組合 過去の調査データ

平成16年(2004年)

 

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